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東京高等裁判所 昭和52年(ネ)627号 判決 1978年7月19日

控訴人 和田豊三郎

右訴訟代理人弁護士 青柳健三

被控訴人 株式会社日立製作所

右代表者代表取締役 吉山博吉

右訴訟代理人弁護士 古曳正夫

同 内田晴康

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決を取り消す。被控訴人は、控訴人に対し、一二三万〇、二八一円及びこれに対する昭和四九年七月一六日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、被控訴代理人は、控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の主張並びに証拠の関係は、次のとおり付加・訂正するほか、原判決の事実摘示と同じであるから、これを引用する。

(控訴人)

原判決三枚目表七行目の末尾に続けて、「その結果、訴外林は、他の譲受人に対する関係においても対抗要件を具備し、右譲り受けにかかる一二〇万円の債権の唯一の債権者となった。」と及び、同行の次に新たに行を起こして「(二)しかるに、訴外佐々木は、本件債権につき、控訴人のほか、訴外西原正明及び同大商企業株式会社に対してもこれを譲渡しているのであるが、同訴外人のした右債権譲渡の各通知が被控訴人に到達したのは、昭和四九年三月六日の同時刻であって、その相互間において、いずれも優先権を主張しえない結果、本件債権のうち訴外林の譲り受けにかかる一二〇万円を除く三万〇、二八一円の債権は、訴外佐々木にそのまま帰属することになった。」とそれぞれ加え、同八行目の「(二)」を「(三)」と、同一〇行目の「無償で」を「再」と、同枚目裏初行の「(三)」を「(四)」と及び同行の「本件債権」から同三行目の「譲り受け」までの部分を「本件債権の全部(同訴外人が訴外林から再譲渡を受けた一二〇万円及び訴外佐々木にそのまま帰属していた三万〇、二八一円の全債権)を改めて譲り受け」とそれぞれ改め、同六行目の「右2の(三)」から同八行目の「合計」までの部分を削除する。

(被控訴人)

原判決四枚目表六行目の次に新たに行を起こして「5同2の(二)の事実中、各債権譲渡通知書の被控訴人に到達した日時が控訴人の主張のとおりであることは認める。」と加え、同七行目の「5」、「(二)」及び「(三)」をそれぞれ「6」、「(三)」及び「(四)」と改め、同行目の末尾に続けて「もっとも、昭和四九年七月六日ごろ、訴外佐々木から、同訴外人が控訴人に一二三万〇、二八一円の債権を譲渡した旨の債権譲渡通知書が被控訴人に到達したことはあるが、これは、控訴人主張の債権譲渡(二)についてのものではなく、同(一)についての二度目の通知にすぎない。」と加える。

理由

一  訴外佐々木が、伸晃製作所の名称で電機部品の製造販売業を営んでいたところ、被控訴人に対して電機部品を売り渡し、昭和四九年三月四日現在、一二三万〇、二八一円の売掛代金債権(本件債権)を有していたことは、当事者間に争いがなく、《証拠省略》によると、控訴人は、訴外佐々木に対し、弁済期昭和四九年一月三一日、利息年一割五分、遅延損害金日歩八銭二厘の約束のもとに、昭和四八年一月一一日現在、六三〇万円の貸金債権を有していたところ、昭和四九年三月四日ごろ、訴外佐々木から同訴外人の被控訴人に対する本件債権の全部を、右貸金債権のうち、それと同額の部分の弁済に代えて譲り受けたことが認められ、右認定に反する証拠はない。そして、訴外佐々木は、右同日付内容証明郵便をもってその旨を被控訴人に通知し、右郵便は、同月六日午後〇時から午後六時までの間に、被控訴人に到達したことは、当事者間に争いがない。

二  しかるところ、訴外佐々木は、(一)訴外林春夫に対し、同年二月一八日ごろ、本件債権のうち一二〇万円の部分を譲渡し、(二)訴外西原正明及び同大商企業株式会社に対し、同年三月五日ごろ、それぞれ本件債権の全部を譲渡し、(三)武蔵野社会保険事務所は、訴外佐々木の健康保険料、厚生年金保険料及び児童手当拠出金の滞納金につき同月六日、延滞金一、〇〇〇円を加えた総額二七万四、九一八円を徴収するため本件債権を差押え、訴外佐々木は、右(一)の譲渡につき、同年三月四日付内容証明郵便をもって被控訴人にその旨通知し、右郵便は翌五日、被控訴人に到達し、右(二)の各譲渡につき、同年同月五日付の内容証明郵便をもってそれぞれ被控訴人に通知し、そのいずれの郵便も翌六日午後〇時から午後六時までの間に、被控訴人に到達し、また、右(三)の債権差押通知書も、同月六日午後〇時から午後六時までの間に、被控訴人に到達したことは、当事者間に争いがない。

したがって、本件債権の譲り受けに関し、訴外林が債務者たる被控訴人及び控訴人を含む他の譲受人等に対する関係において対抗要件を具備し、自己の優先的地位を主張できるので、その譲り受けにかかる一二〇万円の債権の唯一の債権者になったものというべきである(なお、この点についても、当事者間に争いがない。)

三  控訴人は、訴外林は同年五月二七日、ひとたび譲り受けた右債権を訴外佐々木に再譲渡した旨主張するけれども、《証拠省略》を総合すると、訴外林は、沢田商会の名称のもとに、金融業を営んでいたが、訴外佐々木に対し、一二〇万円の貸金債権を有していたところ、訴外佐々木の経営する伸晃製作所が昭和四九年三月一日倒産したため、右貸金債権弁済確保のため先に譲り受けていた一二〇万円の債権につき、同月四日、訴外佐々木の了解のもとに同訴外人名義の債権譲渡通知書を被控訴人に郵送したこと(右債権譲り受けとその譲渡通知の点は、既に認定したところである。)、しかるに、訴外林は、同月一五日ごろ、右貸金債権の弁済に充てるためとして右伸晃製作所から工作機械を持ち出したので、訴外佐々木は、それによって自己の借受金債務は完済になる旨訴外林に申し入れて、同年五月二七日、両者間で、訴外林の訴外佐々木に対する債権は同年三月一五日をもって完済となり、両者間の債権債務は一切消滅して存在しないことを確認したうえ、訴外佐々木が訴外林からその旨を記載した念書の交付を受け、さらに訴外林に対し、前記一二〇万円の債権譲渡に関し、被控訴人に債権譲り受けの撤回を通知すべきことを求めたところ、同訴外人はこれに応じて同日、訴外佐々木から先に一二〇万円の債権を譲り受けたが、本日、この債権譲り受けの撤回を通知する旨の内容証明郵便を被控訴人に郵送し、右郵便はそのころ、被控訴人に到達したことが認められ、この認定に反する証拠はない。

右認定事実によると、訴外佐々木と同林は、同年五月二七日、訴外林の工作機械の持出しによって同訴外人の訴外佐々木に対する貸金債権が完済されたことになることから、両者間の債権債務が一切消滅して存在しないことを確認するとともに、本件債権譲渡契約を撤回することを合意したものであるところ、右債権譲渡契約の撤回とは、本件債権の譲渡がその原因を欠くことになったために、その譲渡契約そのものが存在しなかったものとすることにあるから、本件債権譲渡契約を合意解除したものと解すべきであり、訴外林の被控訴人に対する同日付債権譲受撤回通知書も、その旨の通知と認めるのが相当である。《証拠省略》も、右の認定の妨げとならず、その他右認定を左右するに足りる証拠はない。よって、控訴人の右主張は採用できない。

したがって、訴外佐々木と同林との本件債権譲渡契約は遡及的に消滅し、かつその旨の通知が同年五月二七日ごろ、訴外林から被控訴人になされたのであるから、右通知後においては被控訴人に対する関係においても、訴外林は当初から本件債権のうち一二〇万円につき唯一の債権者でもなかったことになるところ、前記のとおり、訴外佐々木は、同年三月四日ごろ、控訴人に本件債権の全部を、次いで同月五日ごろ、訴外西原正明及び同大商企業株式会社に対しいずれも本件債権の全部をそれぞれ譲渡し、さらに武蔵野社会保険事務所は、訴外佐々木の健康保険料等の滞納金等の総額二七万四、九一八円の債権を徴収するために、本件債権を差押え、右各債権譲渡の通知書(いずれも確定日付がある)及び債権差押通知書は、同月六日午後〇時から午後六時までの間に、被控訴人に到達しているのであるから、たとい右各通知書の到達の先後関係を確定できないため、その相互間に優劣を決することができず、いずれの譲受人及び武蔵野社会保険事務所が他に対し、自己の優先的地位を主張しえないとしても、それは、単に右譲受人等及び武蔵野社会保険事務所相互間の法律関係の問題にとどまるものであって、そのために右各債権譲渡ないしその各譲渡通知書がいずれもなんら効力がなく、その結果として本件債権がそのまま訴外佐々木に帰属することになると控訴人において、主張することができるとは到底解することができないといわねばならない。

四  してみると、控訴人が同年七月六日、訴外佐々木から本件債権の全部を改めて譲り受けたとしても、右債権譲渡に対してはすでにこれに優先する譲渡が存在することが明らかであるから、控訴人が同年七月六日、訴外佐々木から本件債権を改めて譲り受けたことにより本件債権を取得したとして、これに基づき被控訴人に対して本件債権の支払いを求める控訴人の本訴請求は、理由がなく棄却を免れないといわねばならない。

五  よって、右と同旨の原判決は相当であって、本件控訴は理由がないからこれを棄却し、控訴費用の負担につき、民事訴訟法第九五条、第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 園田治 裁判官 田畑常彦 丹野益男)

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